*3/4*

"よんぶんのさん、あればじゅうにぶん"

*想像というフィルター*

 

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 近頃めっきり寒くなってきまして。

 

 

 駅では

 寒々しいホームで

 しんしんと待つのではなく

 

 

 改札前にて

 ぬくぬく待ち焦がれる

 そんな術を身につけました

 

 

 

 

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 改札は、

 人がたくさん通り抜けていくからさ。

 

 意図せずジロジロ見ちゃうよなあ(嫌なやつ

 

 

 

 

 あんなに電車の中では

 首下がり人間多発してるけど

 

 みんな意外と前向いて歩いてるんだよ

 

 

 

 

 

 そしてぼーっと立ってるわたしの前でだけ

 少し俯き加減で通り過ぎる

 

 

 

 そしてまた、通り過ぎたら前を向いて進む

 

 

 

 っていう人がほとんど。

 

 

 

 

 俯いた人達の視界に、

 私は一瞬でも入り込んでいたんだろうな。

 

 

 そう思うと

 

 

 案外人って、人を認識して生きている

 

 

 

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 何気なく電車で向かい合う人の

 動きや服装、顔つきをつい見て

 どんな人なんだろう、と考えてしまう。

 

 

 っていうことないですか

 

 

 

 

 

 電車で泣き叫ぶ赤ちゃんをあやすお母さん

 を見て

 大変だなあ、

 一人で赤ちゃん連れて出かけてるんだなあ

 

 

 

 って気持ちになりませんか

 

 

 

 

 または、終電にてのよっぱらい

 おお、この人どうやって帰るんだろう

 匂いきついし、あら

 

 

 

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 人が人に感じる、

 好意や厚意、悪意や嫌悪感も

 

 

 

 人を意識すればするほど

 

 色濃く感じてしまうもの

 

 

 

 

 

 

 そのひとつひとつの感情

 

 それは、想像の中で生まれた感情

 

   だと私は思う。

 

 

 

 

 

 人の行為を見て、聞いて

 姿かたちを見て、感じて

 

  

 「こういう人なのかな」

 

 

 と生まれるイメージが想像。

 

 

 

 

 だからこそ、

 一つの場面を切り取ってみても

 受け取る印象は人それぞれなんだろう

 

 

 

 だって "想像力"  が違うから

 

 

 

 どれだけその人の背景を想像するか 

 

 これに尽きる。

 

 

 

 

 人の本性やら、本質やら、素の姿とやらは

 実態不明でわかりません。

 

 

 

 つまり

 私にとっての他人は想像上での他人の姿

 

 

 

 どう変わるかは

 

  あなた次第でも

  わたし次第でもあるってこと

 

 

 

 

 

 どうか他人を(私を

 優しい想像力を持って接してあげましょ

 

 

 

 

 

 

 

 

 おわり.